« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

2011年3月

2011年3月26日 (土)

切り絵 彫刻35 円空仏「尼僧1-3」

3

    円空仏 「 尼僧 1-3 」

             ●画像の転用を禁じます

 今週から、民放のテレビ番組は平常の放映に戻ってきた。

繰り返される「AC」のCMから多様なCMにもなった。

 ガソリンスタンドに行列を作る様子は見られなくなり、鉄道

関係も平常の運転に戻りつつある。春の選抜高校野球が開

始され、次第に不便さも改善されると思ったが、水道水が汚

染され、乳児の取水制限が報じられたあと水パニック状態。

これから何が起こるかわからない。冷静にという思いはある

が。

 

2011年3月21日 (月)

切り絵 彫刻34 円空仏「尼僧1-2」

2

    円空仏 「 尼僧 1-2 」

              ●画像の転用を禁じます

 福島第一原発の事故に伴う放水作業で、放射能

の被曝という危険にさらされながら作業を進めてきた

東京消防庁、自衛隊の姿が紹介された。

 茨城や福島の農産物から普段の数倍以上の放射

線量が検出され、関東地方ではこのことで市場が混

乱しているようだ。必死に事故防止に立ち向かってい

るその様子を知るにつれ、こちらももっと冷静になりたい。

 昨日、9日ぶりに80歳のおばあさんと16歳の孫の二人が

救出されたという。よく寒さや飢えに耐えてがんばってこら

れたと思う。

 地震から今日で10日、テレビ番組も平常化にもどりつつ

ある。リビアの情報も入り、まだ内戦状態で多国籍軍が介

入し、ミサイルの攻撃が行われている。一般市民に犠牲者

も。日本の災害を憂いながら、一方で人為的に破壊活動

を実施している。とても変な時代になってきた。

2011年3月18日 (金)

切り絵 彫刻33 円空仏「尼僧1-1」

1

    円空仏 「 尼僧 1-1 」

                ●画像の転用を禁じます

 東北地方から関東にいたるまで、地震や津波の被害を

与えた日から今日でまる一週間が過ぎた。この地震の呼

び名も東北地方太平洋沖地震から、東北関東大震災や

東日本大震災などと、各メディアにより呼び方が異なって

いるように、今日までの日本は混乱状態が続いている。

・余震がおさまらず、福島沖に限らず長野、静岡、茨城沖

といった地点でかなり大きな地震が発生した

・津波で壊滅的な被害を受けた地区が多数あり、行方不明

者は1万人以上を数える。

・福島第一原発で爆発事故が相次ぎ、自衛隊や東京消防庁

等が放水活動の支援に。放射能汚染防止のため広範囲で

避難処置がとられる。

・電力の確保のため計画停電が実施されるが、計画性が

疑問視されるもので、鉄道交通も混乱状態。

・営業しているガソリンスタンドにトラックなどが給油を求めて

長蛇の列をつくる。被災者への救援物資も配送できない状態。

 このような状況にもかかわらず、全体的には秩序ある行動が

保たれ日本人の国民性を海外も称賛している。

 今日スカイツリーが634メートルに達したという。不安定な状況

下で地震の報道にかすんでしまっているようだが,暗い中にも

明るい希望をあたえてくれた。

 一日も早く平穏な生活にもどれるようにとの願いを込めて、

切り絵では円空仏の「尼僧」を反映させた。

 

 

2011年3月12日 (土)

東北地方太平洋沖地震

 昨日の午後、揺れを感じたがいつものようにすぐ治まると

思っていたが次第に揺れが激しくなってきた。家のきしむ音

や電線の揺れ音が重なり立っているのがやっとである。食

器棚から陶器の茶碗などが落ち、さらに不安さが増してきた。

すぐに外に出られるよう出口を確保し揺れが治まるのを待つ

だけであった。第一波の激震が治まったあとも静かな揺れ

が続いていた。中越地震のことを思い出し、またすぐに第二

波の大きな地震が来るなと覚悟をしていると、第一波の地震

と同じくらいの揺れが再び来た。第三波の地震のあと、家の

中を調べると、どの部屋も棚からの荷物が飛散し、一つのたん

笥部屋はドアのほうにケースが移動し、ドアが開かない状態

であった。

 幸い電気は停電してなく、そのあと掃除機で各部屋を片づけ

親戚関係に電話をしてみた不通で連絡がとれない。テレビの

災害情報では、広域での津波の被害が報道され、観測史上

最大級の地震であったという。我が家は最小限の被害で済ん

だことに感謝した。とりあえず、必要なものを電気店で買いもと

めようとしたが、道路は渋滞しているし、電気店もホームセンター

もすでに閉店していた。コンビニで夕食の代わりにと立ち寄っ

てみたが、食品はほとんどなかった。余震は昨夜まで5~10

分ぐらいの間隔で大小の揺れを感じていた。

 今朝になって電話連絡をとれるようになり、安否の確認が行

われた。都内で一泊した我が子も、午前中に帰宅し安堵した。

茨城に嫁いだ娘は、停電しているとのことで孫を連れ一泊する

ことになった。

 今日は長野にも大きな地震が発生したこと、福島原発の事故

や石油コンビナートの火災など、次から次へと災害情報が飛び

込んでくる。霧島の噴火、中東情勢、ニュージーランドの地震、

国内の政局、領土問題など、今年は非常に大きな問題が起て

いる。

 このようなときに切り絵かよといわれそうな状況になってき

ている感じがする。とりあえず、世相をみながら続けていけた

らと思う。

2011年3月10日 (木)

切り絵 彫刻32 「増長天2」

1

        「  増長天 2 」

             ●画像の転用を禁じます

  鎌倉時代に施された装飾は、今では部分的にしか

残っていない状態である。どのような配色であったの

かはわからないが、黒の台紙を使用したので自由な

気持で裏打ちを試みた。最初は題名に「興福寺」と

つけていたが、興福寺そのものの像ではないので

単に「増長天」とかえた。

2011年3月 6日 (日)

切り絵 彫刻31 「増長天1」

22

     「 増長天 1 」

             ●画像の転用を禁じます

 興福寺の四天王像は動的な躍動感があり、

特にこの増長天の姿に魅かれ作品化を試みた。

鎌倉時代で定慶か運慶の作ではないかといわれ

ている。いずれの像も甲冑の装飾が凝っており、

全身像で表現したいものである。

 この増長天も三枚重ねで切り、個別化を図った。

これは青色の台紙で、裏打ちをする際にも統一

が出るようにした。

 

2011年3月 1日 (火)

切り絵 風景12  関宿城の四季5 「出光」

4

       「  出  光  」

              ●画像の転用を禁じます

 「出光」は「イデミツ」ではなく「シュッコウ」と題して

いる。春先の日が昇り、温かい日差しがそそがれる

様子を表現できたらと考え彩色を施した。

 風景では初めて三枚の重ね切りに挑戦し、

  一枚は「雪明り」と題した作品に

  一枚は「月明り」と題した作品に

そしてこれは「出光」と題して、それぞれ違った表現

を試みた。こぶしから見える関宿城は、いい被写体に

なっている。

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »